社会の高齢化が進んでいくにつれ、病院やクリニックだけでなく在宅看護や介護施設での現場などでも看護師が必要とされる場面が多様化してきています。
それとともに、看護業界ではさまざまな形の看護ニーズに応えるための人材が不足していると言われています。
日本社会の「若い人口」そのものが減ってきていることを考えると、もはや人材の充実のために看護師の新卒採用数そのものを増やすことは現実的な策ではありません。
採用だけでなく、人材がしっかりと定着することに注力していくことが求められます。
このことは新卒に関わらず、すでに看護師としてのキャリアをスタートさせている人材も同様です。人材不足を根本的に解消していくためには、看護師の職場定着率そのものをいかに高めていけるかにかかっています。
そこで今回は、看護師の職場定着率を高めるために病院の採用側に求められることをご紹介いたします。
ライフステージの変化の影響を受けやすい看護の仕事
残念ながら、今のところ看護師の離職率は決して低くはありません。
日本看護協会の「2019年病院看護実態調査」によると、2018年度の正規雇用看護職員の離職率は10.7%、中でも既卒採用者の離職率は17.7%にのぼっています。
また、都市部ほど離職率が高くなる傾向が見られ、都道府県別でみるとバラつきがあるものの、もっとも高いところでは22.7%にもなっています。
このように既卒採用者の離職率が高いということは、すでに看護師としての経験がある人が転職、または復職して新しい職場でのキャリアをスタートさせたにも関わらず、なかなか定着することが難しいという< 医療現場の現実 >を示唆していると言えます。
給与・待遇面での不満や職場の人間関係など、離職の理由は人によりさまざまですが、看護師は女性の割合が多いということもあり、「結婚や出産・育児のため」という理由で離職することを選ぶ人も少なくありません。
もちろん家庭や育児などと仕事を両立することの難しさは、看護業界に限らず多くの女性が直面する問題ではあります。しかし、夜勤や交代制といった看護業界ならではの労働形態ゆえに、ライフステージの変化に伴って離職を余儀なくされる人が多いという事実は否めません。病院の採用側も、こうした背景をしっかりと汲み取り、労働環境を改善していく努力が求められているのです。
看護師の労働環境の多様化をはかるこころみ
そこで、近年の病院や介護施設では、看護師の労働環境の多様化の推進をはかる試みが増えてきています。
これまでの画一的な形態ではなく、さまざまな労働環境の中から看護師がより自分に合うものを選択することができれば、ライフステージに変化があっても私生活とのバランスをとりつつ仕事を続けられる、いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」です。
具体的な例では、短時間正職員・変形労働時間・時差出勤など、働く時間を選べるようにすることや、「日勤のみ」「夜勤のみ」や「夜勤回数の選択」などのように交代制の働き方を選べるようにすることなどです。そのほか、「常勤」「非常勤」といった雇用形態を選択したり、容易に変更できるようにしたりすることなども挙げられます。
従来のやり方にとらわれず、さまざまな勤務形態を採用側が提案することで、看護師が家庭・育児などと仕事との両立がしやすくなるほか、身体面の負担も減らせるので、結果的に現職看護師の離職を防ぐことにもつながるでしょう。
誰もが受けられる教育研修制度の多様化
さらに病院の採用側には、看護ニーズや労働環境の多様化に対応し、教育制度や研修制度もそれぞれの置かれた状況にマッチしたものを提供することが求められています。
看護師のキャリアは、「新卒からずっと一貫して正規雇用で病棟勤務の経験を重ねてきた」などというように画一的なものではなくなりつつあるためです。
・出産などにより、一旦退職してから復帰した。
・諸事情により看護職そのものから一旦離れてしまった。
・離職はしていないが病棟勤務からクリニックへ転職した 等
このように、看護師のキャリアの積み方やブランク期間などは、実にさまざまなケースがあります。そのため、教育や研修を受ける機会も個々の状況を十分に考慮したものが与えられる必要性があります。
勤務形態に関わらず、誰もが同等の機会を与えられるようにするためには、採用側も従来の方法以外にオンラインでの研修開催など、さまざまな形で工夫をこらした教育研修制度を設定すると良いでしょう。
どの看護師でも同等に機会が与えられる教育研修制度を確立することは容易ではありませんが、「スキルアップのチャンスがある」「今後のキャリアのイメージが描ける」と実感することができれば、看護師の定着率も徐々に高くなっていくはずです。
病院も「ひとつの組織」という意識の醸成
大きな病院や施設では、前述のような働き方や研修・教育制度の多様化を促進していきやすいのに対し、比較的規模の小さな病院などではそもそも人的余裕が無いこともあり、なかなか思うように進めていくことは難しいかもしれません。
そのような場合、まず病院や施設の掲げる「理念」を全看護師にしっかりと浸透させることを徹底するだけでも効果はあるとされています。
企業が理念に基づいてモノづくりやサービスの提供を行うのと同様、病院や施設にとっても患者さんとの向き合い方や日々のケアの中で大事にしていくべきことしっかりと打ち立て、言語化することは重要です。各々がそれぞれに看護をするのではなく、共通の理念を持って行うことができれば、個々のケースへの対応方針などでもある程度意識を共有することができ、業務が効率的に回りやすくなります。
さらに、病院の理念に共感を抱く人材が集まることで、帰属意識やチームワークも生まれ、自然と定着率の向上にもつながっていきやすくなるでしょう。
看護師―病院の双方にメリットをもたらす多様化
今回は、看護師の職場定着率を高めるために病院の採用側に求められることをご紹介しました。
多様な働き方を選択できるようにしたり、研修・教育制度を充実させようとしたりすると、病院側には相当の手間や費用はかかることにはなります。
とはいえ、せっかく採用した看護師がなかなか定着せず、毎年のように人材確保に奔走しなければならなくなると、そのコストはさらに大きなものになります。
新卒採用の数には限りがあるので、既卒者の採用を効率良く進めようとすると、どうしても求人サイトや人材派遣サービスに紹介手数料を支払った上で人材集めをしなくてはならなくなるでしょう。
そう考えると、すでに確保済みの貴重な人材に対し、より定着してもらうための企業努力を行う方が長い目で見た時に得られるメリットは大きくなります。
一方、採用される側もこのような対策に病院側がどれくらい取り組んでいるかという点を、職場を選択する上でのチェック項目に入れてみるのもひとつです。
結果的に、将来の自分自身がライフステージの変化を迎えた時、離職することなく柔軟に看護師としてのキャリアを重ねていくことがしやすくなるというメリットが得られるでしょう。
何より離職せずに長く働けるということは、経験年数を積み重ねていくことができることに直結します。充実した看護師人生のためにも、柔軟な働き方ができる病院選びが今後ますます重要となるはずです。
<参考サイト>
・日本看護協会 「看護職のワーク・ライフ・バランス推進ハンドブック」
https://www.nurse.or.jp/nursing/shuroanzen/wlb/guide/pdf/wlbguide.pdf
・日本看護協会 「2019年病院看護実態調査」結果
https://www.nurse.or.jp/up_pdf/20200330151534_f.pdf
・indeed 「看護師の定着率を高めるためには? 離職を防ぐ3つのポイント」